旅をしながら暮らす「デジタルホームレス」という選択|FIND UNSTANDARD | UNSTANDARD(アンスタンダード)
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2023.06.16

旅をしながら暮らす「デジタルホームレス」という選択|FIND UNSTANDARD

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旅をしながら暮らす「デジタルホームレス」という選択|FIND UNSTANDARD

 

独自の考えや個性をもつ人に「人生」と「暮らし」の二軸からの深掘りをしたインタビュー「FIND UNSTANDARD」。世間のスタンダードからは少し離れ、これまでにない価値観に触れることで、自分自身のアンスタンダードを見つけよう。


村上さま_マインドマップ

自らを「デジタルホームレス」と名乗り、日本中を旅をしながら紺色のバンで暮らす村上洋平さん。住まいとなるバンには、洋服、キッチン用品、サーフボード、ベッドなど、暮らすために必要な要素が詰まっている。

決してミニマリストな訳でもない、世を憂いて放浪のたびに出ているわけでもない。ただこの暮らしが自分に合っているからというシンプルな理由で「家を持たない生活」をしているという。仕事、食、趣味など村上さんを構成するキーワードから、その暮らしぶりを紐解いてみよう。

 


やりたい「仕事」と現実のはざまで、鬱になった

そもそも、村上さんはなぜ、家を持たない暮らしを選択したのだろうか。ことの始まりは、前職を離職する際に遡る。大学ではプロダクトデザインを専攻していた村上さん。小さな頃から食に興味を持ち、いつかはキッチンのデザインがしたいと考えていたそうだ。そんな中、国内外で飲食店や結婚式場を運営する企業に出会い、就職。

 

「『キッチン デザイン』で検索していたらヒットしたので就職説明会に参加したんですが、実はデザイン会社ではなかったんですよ(笑)。でも説明会の最後に社長が『コーヒー1杯でもいいから、うちの店に遊びにきてみなよ。すごいイケてるから』と言っていて、すごく気になって。当時から旅することが好きだったので、全国にあるいくつかの店舗をまわってみたんです。そしたらすっかり惚れ込んでしまいました」

調べてみると、会社の中にはデザイン部門もあり、自分のやりたいことも果たせそうだと就職を決意。しかし、配属されたのはウェディング部門。まずはウェディングプランナーの仕事に就くことになりました。任された仕事を懸命に取り組むうちに、周囲からの評価はうなぎ登り。重要なポジションの責任者として重宝されるようになりました。

 

「ありがたかったのですが、夢と現実のギャップに悩んで鬱になってしまって。めざまし時計を何個かけても起きれない。これではダメだと思い、6年勤めた会社を退職することになりました」

 

退職し自由な時間を手にした村上さんの頭に浮かんだのは、大好きな旅のこと。溜まってたお金で、あてもなく日本を旅することに。しかし、数ヵ月で貯金は底をつき、旅で行き着いた神戸の橋のたもとでしばらくは寝泊まりをしていたのだそう。

 

「そんな時に前職でお世話になっていたお花屋さんのオーナーが、ご飯に誘ってくれたんです。そこで現状を話したら、『暇ならうち来いよ』って言ってくれて、家まで用意してくださって。そこでしばらくお世話になることになりました」

 


「カメラ」と共に旅しながら暮らす「デジタルホームレス」

ウェディングの仕事についていた際に、独学でカメラの腕を磨いていた村上さん。お世話になっていた花屋での撮影の他にも、前職で知り合ったウェディングドレスの会社から声をかけられた。

 

「そこは日本のウェディングドレス業界でも有名な会社だったのですが、プロデューサーから急に電話がきて『新しいドレスブランド立ち上げるから、撮影してくれない?』と依頼をくれたんです。でもお金がなかったので神戸から東京の現場まで自転車で向かったんですが、途中寄り道しすぎちゃって…あと2〜3時間で着くところまで行ったんですが、結局自転車を乗り捨てて、電車で向かいました(笑)」

 

撮影は無事に成功し、そこから定期的に仕事が入るように。国内の撮影だけでなく、ニューヨークやミラノで開催されるドレスのコレクションにも同行。さらに村上さんが撮影した写真を見て、たくさんの方から声をかけてもらえるようになったそう。

村上さんの作品

もともと旅好きの村上さん。撮影で全国各地を飛び回る間に各地の食を楽しんだり、海の近くであれば数日滞在して趣味のサーフィンに打ち込むことも。こうして「仕事をしながら、旅をする」という村上さんの暮らしのスタイルができていった。

「そのうちにカメラの機材もどんどん増えてくし、サーフィンもしたいからサーフボードも持ち歩きたい…となれば、車で移動してそこで生活すればいいんじゃないかと思いついたんですよね。今から10年前ぐらいにバンを購入して、バンの天井部に寝泊りができる折り畳み式のテントを設置しました」

 

こうしておよそ10年前、家を持たずに暮らす「デジタルホームレス」となった。

 


お風呂がなければ「温泉」に入ろう

デジタルホームレスになってから村上さんがハマったのが、温泉。お風呂がないので入浴施設を探して利用していたことから温泉の魅力にとりつかれ、今では年間200湯もの天然温泉に浸かるそうだ。村上さんは泉質にこだわる「泉質至上主義」。温泉は空気に触れると酸化してしまうため、タンクやパイプを介さずに入れる鮮度の良い温泉を好んでいるそう。

 

仕事の合間には、秘境巡り。訪れた中で最も印象的だったのが、北海道の阿寒湖付近にある名もなき秘湯。まるで絵画のような世界!しかし、熊が出没する危険地帯らしく、熊鈴と、有毒ガスを防ぐガスマスクをつけて入浴したそうだ。恐怖心よりも、温泉愛が勝つ村上さんだからこそ見ることのできる景色だ。

最近はサウナにもハマり、先日は仕事も兼ねてフィンランドをはじめとする6カ国20施設、そして100室を超える北欧 サウナ旅へ。村上さんの温泉への興味は尽きることがなさそうだ。


「食」への好奇心から繋がる、人と仕事

村上さんが発信しているSNSを見ていると、各地のローカルフードや、地の食材を使ったおいしそうな料理がたくさん出てくる。バンの中にもしっかりとしたキッチン用品が収納されており、食への真剣さがうかがえる。

食への理解度を深めるために、若い頃は無理をして高級レストランを食べ歩いていたこともあったという。自己投資という名目で趣味を堪能した結果、有名レストランやシェフからの撮影依頼も増えていった。

 

「昔から存在を知っていた世界的に有名なシェフが、日本で店を開くことになった際に「撮影して欲しい」と声をかけてくれたときは燃えましたね。その後から今に至るまで、日本各地の食材を探す旅に同行し、撮影を担当させていただいています。各地をまわって生産者の方からお話を伺い、その土地にまつわる食材や食文化を学ぶこともできました」

 

自分の持つ好奇心が、ただ “好き” で終わらず、人の縁や仕事につながっていく。それは村上さんが自分の探究心を仕事にも投影できる人だからかもしれない。

 

例えばコーヒーの写真を撮ってくれって言われたときに、ブレンドなのか、シングルオリジンかをどう写真で表現しようか考えるんですよ。そのものを僕自身が理解していなければ、背景を写すことはできないと思うんですよね」

 

好きなことに対する探究を怠らない村上さんだからこそ、撮れる写真がある。だからこそ、多くのプロフェッショナルたちが「村上さんに!」と絶えず仕事を依頼するのだろう。


新たな好奇心が暮らし方を変化させる

「一生、この生活でもいいや」と思っていた、村上さんのライフスタイルを変えることになったきっかけは結婚。

 

「パートナーが関東の田舎に中古の一軒家を購入したので、月の3分の1くらいはそこに帰っています。けど、3分の2は変わらず車上生活なんです。車上生活も田舎ライフも、その両方が楽しくて。今はそれがすごく良いバランスでできています」

 

「家に住む」という選択をしたというよりも、「パートナーの家でDIYをしながら居候をしている」という感覚だという。

 

「車上生活をずっと続けたいと思ってるわけではなくて、続けたくないと思ってるわけでもなくて。この生活が一番いいと思ってるからやってるだけなんですよね。家に住みたいと思えばそうするだろうし。日本を旅することに飽きちゃったら海外っていう選択肢もあるかもしれない。ただただ今、好きだからやってるんです」

人との出会いや、自分に起こる出来事を柔軟に捉え、自分の “好き” を楽しむこと。好きを突き詰めていけば、自分の生き方、暮らし方が見えてくる。

 

「僕は車上生活が好きだからこういう生活をしてるけども、一方で家庭を持ってお子さんを育てて…という生き方もリスペクトしてる。

ただ、僕はこれまでこうやって暮らしてきて何とかなることも多かったし、何ともならなければ軌道修正したら大丈夫だってことを学びました。たまに、生き方について相談を受けることもあるんですが、やりたいことがあったら、まず一歩踏み出してみたらいいと思います。

例え失敗したとしても、日本ならどうにでも生きることはできるので。人生一度きりですしね」

ずっと先の未来を想像して不安にかられるよりも、まずは今の自分の好奇心を大切に。​​

村上さんのように、自分の好きなことを一歩ずつ深めていくことで、自分らしい生き方のヒントが見つかるかもしれない。


STAFF
[Text] YUKARI MIKAMI