家を通して暮らしを楽しむ人の生活のアイデアや家づくりにまつわる情報を発信。家とライフスタイルの関係性を探り、“好き”が詰まった住まい方を紹介します。
今回伺ったのは滋賀・琵琶湖の南側、湖南地域にアトリエを構える美術家maisさんのお宅。1階には植物で覆われたアトリエとガレージ。2階部分にはリビングダイニング。そして階と階の間には、それぞれ子ども部屋、寝室がある。この世にひとつとない形の家は、maisさんが自ら描き、職人とともにつくりあげたもの。
「家も一つの作品だと思う」と話すmaisさんが手がけた空間には、どんな世界が広がっているのだろうか。
音に「色」を見る美術家
美術家として活動するmaisさん。幼い頃から「音に色が見える」という共感覚(ひとつの感覚刺激から複数の感覚が呼び起こされること)の持ち主だった。制作活動に打ち込み始めてからは、独自の感覚を元に絵画を描いた。
「依頼者の想いを聴いていると、言葉に色がのる瞬間があるんです。それを読み解いて、色にして、モチーフを描いていく。絵画制作で生まれた色をパソコンに取り込み、再構築してデジタル作品を作ることもあります。だから絵を描くというよりは色を描く、色をつくっているという方がしっくりくるかな」
依頼者からの話を聞いて頭に浮かんだイメージを具現化していく中で、絵画として表現することもあれば、プロダクトや建築物として表現することも。京都・尊陽院に描いた「祈りの天井画」には、極彩色の花々の中に“幻の蝶”と呼ばれるアサギマダラが描かれている。尊陽院では絵画制作だけでなく、空間プロデュース、お守りなどのプロダクト制作も手がけた。
設計図からつくり始めた家
その制作の場となるアトリエをつくったのは、およそ15年前。以前は賃貸の住居に住んでいたが、手狭になってきたためアトリエ兼自宅を建てることに。maisさんは、自分で図面を描き、それを具現化してくれる建築家を探した。
「実は家を建てようと決めてから完成するまでに5年かかってるんです。絶対こうしたいっていう画があったので自分で図面を書いて、いろんな建築事務所に持っていったんだけど、家とはこうあるべきというような規定の条件に当てはめようとする意見が多くて。なんか違うなって」
ようやく出会ったのは、当時神戸に事務所を構えていた女性建築家。自身でリノベーションを行ったカフェを運営しており、そこを訪れた時にピンときたそう。女性建築家、さらに施工を担当する工務店を滋賀で探し、家を立てるプロジェクトチームを結成。
「ずっと一緒にやり続けてきたチームじゃないから、トラブルもあったし、めっちゃ喧嘩もしました(笑)。当初、床は床暖の上にフローリングを敷く予定だったんですけど『このままがいいかも!』って急に変更したり。職人と建築家と私がディスカッションしながらつくった家なんです」
当時は20代後半で子育てと仕事に追われながらも、進めた家づくり。予算内でできるようにmaisさん自ら壁を塗ったり、レンガを敷き詰めるなどたくさんの苦労を重ねてようやくできた家。だからこそ、「いつまでたっても愛おしい」とmaisさんは笑う。
風と光が気持ち良いLDK
外から見ると1階部分は鉄骨のガレージ、その上に三角屋根の鉄骨のお家が乗っているような不思議な形の家。その横には植物で覆われた秘密基地のようなアトリエがある。
実は1.5階には子ども部屋、さらに2.5階はmaisさんの寝室にするなど、あちらこちらに部屋があるユニークなつくり。
「よく『何階建てですか』と聞かれるけど説明が難しいんです。規則的な形よりも、上がったり下がったり、探検できる感じにしたかったんですよね。1階のガレージは制作活動をしたり、息子がトレーニングをする部屋として使っています。2階を主な居住のスペースにしたのは、できるだけ高いところに住みたいから。本当は雲ぐらいの高さに住みたいんです(笑)」
LDK部分のこだわりは、風の通りと光の入り具合。西側は全て窓になっていて、京都と滋賀にまたがる比叡山が見える。山に夕日が落ちていくのを眺めたり、天候の気持ちいい日にはすべての窓を開け、自然の風を感じることも。
季節を感じられる家だからこそ、より愛おしいとmaisさん。トイレはリビングから離れた場所に、バスルームはリビングから直結にするなど、maisさん独自のメソッドにそってつくられている。
大切なのは、機能性よりも自分が住んでモチベーションが上がる家。建てる前から具体的なイメージが完成していたのは、キッチン。ガスのコンロのサイズに合わせてアンティークのテーブルを設置し、天板をくり抜いてシンクを埋め込んだこだわりの場所だ。
「キッチンは、リビングから見る画角が一番美しいんですよ。本当はリビングとキッチンの間にガラスの壁があって空間を分けたかったんですが、行き来するのに家族も不便かなと思ってまだできていないんです。でも子どもたちも一人暮らしを始めたので、そろそろガラスの壁と扉をつける予定です」
古き物にもう一度生きる場所を
リビングにも、大きなアンティークの机がある。これは祖母の家にあったものをもらって使っている。
「母が小さかった頃、ご飯を食べたり、家族団欒をしていたテーブルなんです。その話を聴いて、このテーブルにもう1度生きる場所をつくってあげたいなって思って。テレビ台になっている机は、母の嫁入り道具。そのものに込められた物語ごと大事にしたいんです」
部屋のあちこちにある調度品は、旅好きな父やmaisさんがさまざまな国を旅して持ち帰ってきたもの、アンティークショップや骨董市で手に入れたもの。中には朝鮮半島から渡ってきた大きな仏頭も。
「アンティークだから集めているわけではなく、出会ったときに我が家にいる想像ができたものを連れて帰ってくる。なんか『あ、うちでまた生き始めるんだな』と感じるんです。だからどんなものも迎え入れられるような広い空間にしたのかもしれません」
「ないならつくる」が鉄則
ジャンルも大きさも色も異なるものがミックスされていても、スタイリッシュに空間がまとまっているmaisさんの家。よくみると壁面も塗装、タイル、木などさまざまな素材がある。
「ここを建てた当時、古いタイルが好きだったので玄関付近の壁にタイルを張ったんです。それが余ったからここにも使おうと思って貼り出したんですが、デッドストックだから数が足りなくて。考えているようで考えずにやっている…部分もあります」
感性の赴くままにつくりあげていても様になるのは、maisさんが持つ絶妙な色感覚によるものかもしれない。しかし、あえてポイントをあげるならば。
「植物の鉢は、基本的に黒に塗っています。絶対に植物のグリーンと黒のセットが各所にあるし、額縁も黒で塗っていますね。黒がポイントになっているかもしれません」
ないならつくる、塗るがこの家の原則。テーブルの下のアイアンもmaisさんのお手製。
「これは私がデザインして鉄工所で作ってもらったものです。錆びた質感を出したくて、つくってから外に放置しました。玄関はどこかの蔵の扉なんですが、出会った瞬間に『玄関の扉はこれにしたい!』って思って。私にとって家づくりは、パーツや家具から発想が生まれて、それに合う箱をどんどんつくっていく感じかな」
最初から完成を目指さず、住みながら手を加えて家を育てていくのが、maisさんと家の付き合い方。制作の場となるアトリエもようやく今、理想の姿になったのだという。
「もともと経年変化し、ツタがまきつく今の姿をイメージしてつくっています。アトリエの中はよく模様替えをしますね。制作途中に突然、壁が気になって色を塗り出したり、配置換えをしたり。心の赴くままに変化させている場所ですね。今後はガレージも少し手を加えてアトリエとして使おうかなと考えています」
家にも人格がある
maisさんと家の付き合い方の中で、もうひとつ大切にしている考えがある。それが「家にも人格がある」ということ。
「家を建てて『もっとこうすればよかった』という話を聞くんですが、それって自分が家に馴染めてないからじゃないかと思うんです。愛情と覚悟をもって住み続けたら、自分の匂いや生活が馴染んできて、家が応えてくれてると感じる瞬間が来る。家って、住み手の力によって変化するものなんじゃないかな」
「だから、私はこの家に対して何ひとつ後悔はないんです」とmaisさん。この家はもうすぐ14歳になる。でもまだまだ成長過程。これからも愛おしんで、手を加えて家を育てていく予定。
家は人生をともに生きる相棒として、慈しみ、育てる存在。maisさんのような考えで家と付き合えたら、きっと我が家にいる時間が今よりも尊く、楽しい時間になるのではないだろうか。
あなたにとって、人生を共に過ごしたい家とはどんな家だろうか。一旦、マニュアルに沿った家選び、流行のインテリアなど他人の目線を外に置いて、「自分にとって一番大切にしたいこと」そんな考えから住まいについて考えてみてはどうだろうか。
STAFF
[Text]
YUKARI MIKAMI