一番その人らしさが現れる家の空間。“好き”が詰まった“場”には、ちょっとした工夫や色合わせのこだわりが反映されているはず。
そんなそれぞれ違った個性を持つ家の内装やインテリアについて話を聞いていく企画「イエの探求」。
今回伺ったのはフードデザイナーの細川芙美さん宅。
ケータリングやロケ弁の制作を中心にレシピ開発、専門学校の講師など食にまつわる様々な分野で活動する細川さん。過去には投資家にプレゼンし、出資を募るYouTubeチャンネル「令和の虎」にも出演。持ち前の人柄やケータリング・弁当への情熱などから多くの投資家から好評を得るなど、仕事にとことん真っ直ぐな細川さん。
そんな彼女が暮らす住宅は、店舗兼用の物件。プライベートと仕事が交錯する空間でのインテリアのこだわりや理想の住宅などを聞いた。
食事をより多くの人へ 募る違和感と過ぎていく日々
活動の原点とはじまりは日々の些細な出来事からだった。
「料理学校を卒業して、レストランに就職したんですけど、店舗で働いた先の将来像が見えなくて。上京していろんなレストランでバイトしつつ、何がしたいか模索していたときにある雑誌の特集でケータリングの存在を知りました」
店舗に来店する限られた人だけにしか料理を届けられないこと、既存のメニューだけを作り続けることへの違和感を募らせていた時。ライフステージの変化にも囚われず、店舗や住む場所にも左右されないケータリング業の自由な働き方を知り、「私がやりたいのはこれだ!」と直感した。
しかし、それまでケータリングの経験などなかった細川さん。しばらくは色んなバイトを掛け持ち生活する日々が続く。
そんな折、ふとした瞬間にチャンスは訪れる。
食は“美味しさ”のためにだけあらず 空間を照らすデザイン弁当
「バイトで個人広告代理店の事務所に領収書整理に行った時に、社長さんに自分の夢を話したんですよね。そうしたら『今度撮影あるからお弁当作れる?』」ってその場で仕事をいただいて」
それまで売り物としてお弁当を作った経験などなかったにもかかわらず、二つ返事で了承。
「その時は現在のようにビジュアルを凝る技術はなかったので、シンプルな生姜焼き弁当と鯖焼き弁当を納品しました。今に繋がるケータリング業、お弁当作りの第一歩を踏み出せた嬉しさを今でも覚えています」
それでも、まだ月に数回注文が入る程度。ただの食事ではなく、相手が笑顔で喜んでくれるギフトのように届けられたらと、商品と一緒に生花を添えたことが反響を呼び注文が増加。
撮影やロケ現場などで細川さんの料理を中心に笑顔の輪が少しづつ大きくなっていった。
事業が軌道に乗り始めようとした矢先、コロナウイルスが蔓延。多くの飲食店が休業を強いられ、我々の日常から外食の楽しさを奪っていった。
そんな世間全体が暗いムードに包まれたコロナ期間中。黙食を強いられる食事の時間に、少しでも雰囲気を明るくできたらと、のし紙に4コマ漫画や占いをプリントしたデザインを考案。
これまでに若手のイラストレーターとコラボしたイラストや占いなどのデザインを展開してきた。
「ケータリングは店舗で感じる“美味しさ”の要素、例えば空間の雰囲気や、出来立ての温かさ、香りなどが大幅に削られている分、デザインやコンテンツで彩れたらなって」
料理の“美味しい”を構成するのは、食事を共にする人との会話や、そこに流れる時間など味以外にも“美味しい”を作る要素は多分にある。
「私の作る料理がお客様をもてなすギフトになれればと願っています。ホッと一息つく食事中に会話のタネや癒しを提供したくて」
店舗で本来感じる五感を補って有り余るお弁当本来の美味しさに、食べ終わった後も楽しめるコンテンツとしてのユニークさをプラス。これまで撮影やロケ、様々な企業の食の時間を彩ってきた。
交差する暮らしと仕事 半地下に広がる住居兼店舗
“働きながら暮らす家”がコンセプトのマンションの一角に「細川出飯社」という名の店舗を兼ねた住居を構える細川さん。
現在、日中をケータリング、 夜を貸切営業。賃貸で飲食店営業が許可されているのはかなり特殊。細川さんにはまさしくうってつけの物件だ。
住宅は玄関から少し降る半地下の造りながら、キッチンやお手洗いなどの水回りは一階の高さに設定されており、移動式の階段でアクセスできる仕様。リビングダイニングを兼ねる店舗スペースとプライベート空間を上下で隔てており、生活と店舗の導線が交差している。
「ネットで見つけた瞬間『ここだ!』ってすぐに申し込みました。入居には事前にプレゼンが必要で。今後どんなお店にしたいか、どのくらい店舗として稼働するのかなど事細かにお話ししました。これまでの経験上、他人に熱意を伝えるのは得意なので(笑)」
キッチンは来客用のテーブルより数段高い位置で、リビング全体を見渡せながらお客さんと対面でコミュニケーションも取れるちょうど良い高さ。
「大きな窓からたっぷり日の光が入るのも気に入ってます。差し込んだ日が文字通り料理をさらに輝かせてくれるので。光の加減は住居としてはもちろん、レストランとしてもかなり重要。また、寝室と浴室の真下に当たる床下収納は業務用の冷蔵庫も置けて、在庫の保管も容易。視界に入り辛いので、リビングにいても、仕事モードにならずリラックスして過ごせます」
他の住居にはデリバリー専門のスープ屋やお菓子屋のほか、美容室、古着屋など異業種も入居。どの店舗も細川さん宅同様に住居としてのスペースを兼ね備えている。
オープンマインドな住人が多く、コミュニケーションもこれまで住んできたどの場所よりも活発だという。最近では仲のいい入居者の仕事を手伝ったり逆に手伝ってもらったりと建物全体で“働きながら暮らす家”のコンセプトを体現している。
変わらないドキドキを映すカラーリング 変わり続けるスタイリング
少し前にフランスのニースに訪れた際、様々な店舗を巡る中、公園の遊具のようにパキッとした青の色味に強く惹かれた。帰国後すぐに家のキーカラーを青に統一。営業で使う食器をはじめ、収納棚やスツール、ランプに至るまでパキッとした青みが暖かな木製家具の中でより映えている。
「海外って歩いているだけで映画の主役になったような高揚感を感じませんか?フランス滞在中に感じたこのワクワクした気持ちで毎日を過ごしたくて、青を中心にスタイリングしています」
居心地と過ごしやすさを重視しながらも、『こんな素敵な部屋に住んでる主人公(自分)』を客観視し、背筋をスッと伸ばして過ごせるように意識している。また、特殊な間取りかつ、移動しやすい家具も多いため、入居して2年半経過した現在でも頻繁に模様替えしスタイリングを楽しんでいるという。
「料理に限らず作ることが好きなので、DIYでなんでもやっちゃいます。これだけ自由にスタイリングできると、まだ自分にとっての完成がイメージできなくて。その時々に欲しい物を継ぎ足しているので、住んでるうちはサグラダ・ファミリアみたいにすこーしづつ理想が形作られてくのかなって」
料理から生まれる絶景 笑顔と笑い声が集まるキッチン
ケータリングという職種柄、大量の食事を運ぶ必要があるため、パーキングは必須。しかしそれ以上に多くのことは望まないという細川さん。
「取り分け大きな家に住みたいわけでも贅沢に過ごせるような空間じゃなくてもいいんです。大事なのはあくまで自分自身が客観的に見たときに素敵な場所で暮らし、働けているかどうか」
そういう意味では今の家を拡充したような住居が一つの理想と踏まえた上で、店舗として願望はあるそう。
「光の明暗って料理ではとても重要で、明るい光があるだけでもっと美味しそうに見えるんです。吹き抜けの真下にキッチンを配置して料理を自然光が照らすような構造だと家としてはもちろん店舗として素敵だなって」
住居と店舗が同居する細川さん宅。週末には、友人から仕事関係者など多くの人が細川さんの料理と素敵な笑顔に惹かれてやってくる。
「喧騒から離れた自然に囲まれる環境はもちろん素敵。でも、私は家に訪れた人が楽しそうに過ごす笑い声や笑顔に包まれていたいんです。海や山に行くより、自分がいる場所から素敵な景色を作りたくて。キッチンから見える喜んでくれている様子や楽しそうに過ごす姿など、私にとっての綺麗な景色は訪れてくれる人が見せてくれています。」
等身大より少しだけ大きな理想の自分を見つめながら、青に囲まれた空間で腕を振るう細川さん。優しい口調ながら節々に確かな熱意と強い意志を感じさせる。
うちに秘めた青い炎は今日も静かに燃え続けている。
STAFF
[Text]
kohei kawai