一番その人らしさが現れる家の空間。“好き”が詰まった“場”には、ちょっとした工夫や色合わせのこだわりが反映されているはず。
そんなそれぞれ違った個性を持つ家の内装やインテリアについて話を聞いていく企画「イエの探求」。
今回訪れたのは、南熱海で暮らすボブさん、ナナさんご夫婦。ひょんなきっかけから都会暮らしを離れ、熱海に移住したふたり。
海が見える暮らしを求めて辿り着いたのは中古の一軒家だった。DIYとリフォームを重ねながら、6匹の猫たちと暮らす毎日を覗かせてもらった。
コロナ禍をきっかけに東京を離れ熱海へ

蛇行する急勾配の坂道を登ると現れる古びた一軒家。
中に入ると美しく手入れされた小さなキッチンが出迎えてくれる。使う人の丁寧な暮らしぶりが細部によく表れている。
ボブさん、ナナさん夫婦が熱海に引っ越してきたのは2020年の頃。きっかけは世間を騒がせたコロナウイルスだった。
ナナさん:「当時はふたりとも都内で働いていたんですが、緊急事態宣言で息のつまるような閉塞感を感じていた頃に、母から『人生フルーツ』という映画を勧められたんです」
人生フルーツとは建築家津端修一さん(90)と妻の英子さん(87)の暮らしを描いたドキュメンタリー作品。津端夫妻が雑木林の中の一軒家で四季折々の植物を育てながら暮らす姿にナナさんは強い感銘を受けた。
ナナさん「雷に撃たれたような衝撃で。ここ(東京)にいる場合じゃない!と思うくらいに」
ボブ「彼女は東京での暮らしに疲れていたところもあって、当時よく、『空が全然ない…』と言っていたんです」
ナナさん「東京の暮らしはもちろん楽しかったんですが、私自身、鵠沼の海のそばで育ったので、当たり前に星が見えないことがショックで」
海に歩いて行けるところに住みたかった。想いがかたちに

決断してからの行動は早く、気づけば1年以内には今の住まいに移り住んでいた。
ボブさん「でも決してすぐに家が見つかったというわけではなく。実は引っ越しより先に転職先が決まってしまったんです。さすがにもう見つけないとヤバいぞというギリギリのところで見つかったのが今の家でした」
ナナさん「こんなにいい条件の家はもう見つからないだろうと思ったので迷わなかったですね」
巡り合ったのは住宅地の奥にありながら、大きな窓から海が見える家。
海の近くに住むのが絶対条件だったそう。
ボブさん「本人には言った覚えがないと言われるんですが、結婚当初『私は絶対に将来、海のそばに住むんだからね!』と言われたんですよ。確かに。なので僕も海のそばで暮らすイメージはありましたね。熱海は以前からロードバイクで訪れていた場所でもあったので」
当初は賃貸物件として入居し、購入に踏み切ったのはその8ヶ月後。
中古物件とはいえ大きな買い物だが迷いはなかったのだろうか。
ボブさん「背中を押したのは妻の方でした。僕は不動産に関する仕事をしていることもあって、物件としてのアラも見えてしまうので躊躇する部分もありました」
ナナさん「彼がいろいろとDIYをしていく中で賃貸ではできないことが多くてもどかしそうで。一度きりの人生だから思う存分やりたいようにさせてあげたいと思ったんです。『ほんとうの俺はこんなものじゃないぞ』と心の声が聞こえるようで(笑)」
建築士の資格を持つボブさんは現在の住まいを見たときから手を加えるイメージが湧いていたという。
ボブさん「以前から熱海の空家率の高さは耳にしていたこともあって、熱海で古い家を活用するというイメージはあったんです。物件を見ては、この家だったらこうしたら面白いだろうな、とシミュレーションする癖があったりもして。そういう意味ではやりがいは感じましたね」
DIYとリフォームが暮らしの一部に
もはや暮らしの一部になっているボブさんのDIY。
家のあらゆる場所に創意工夫が散りばめられている。
テレビボードや棚に始まり、天井を這う巨大なキャットウォークなど、その規模は想像以上。
ナナさん「あの窓も彼がつけたんです。窓って造れるんだって驚きますよね」


指をさしたさきにあったのは和室の天井付近にある正方形の窓。
壁に穴を開け、ボブさん自ら窓を取り付けた。
ボブ「窓を増やすのも、然るべき処理をすれば可能です。これまで建築士として理屈上の図面を書くことはやってきたけど、実際に造るということはやったことがなかった。その部分をこの家で実践してる感じです。」
元々は二部屋だった間取りの壁を取り払って一部屋にした和室は約50平米。
広々とした開放的な空間は、現在ヨガインストラクターとして活動するナナさんのスタジオになっている。

ナナ「ここの柱を抜くのがほんとうに大変だったみたいです。構造計算を重ねて補強を整えて、と随分と準備に時間がかかっていました」
ここまでくるとDIYというより壮大なリフォーム。
ボブ「そうですね。リフォームという言い方がしっくりくるかもしれないですね。古い雰囲気を残しながら少しずつ良くなっていく、そういう暮らしを目指しているんです。よく古い家をモダンにガラリと変えることをリノベーションとも言ったりしますが、そういうふうに大きく変えるというより、一生かかっても少しずつやっていくという気持ちですね」
ナナさん「人間や猫の成長と同じように、家も成長していく、そんな感じだよね」
DIYの延長にあるリフォームはふたりの暮らしの一部。
変化を続ける家は少しずつ暮らしに寄り添い、最適化されていく。
海を望む大絶景の空間に心地よい風が吹き込んでくる。


ここが私の好きな場所、と言えること
スタジオと同様に海がよく見えるのがリビングスペース。
大きなはめ殺しの窓がシンボリックな、景観を重視した空間だ。
ナナさん「このリビングもお気に入りで、1階で夕飯を済ませた後に『二次会いこっか』って2階で飲みなおすのが好きなんです」

オークションサイトで購入したという一枚板を使ったリビングテーブルは、もちろんボブさんの作品。間接照明をあしらったテレビボードや知人から譲り受けてリメイクしたソファなど、自分たちにしっくりと馴染む工夫が随所に施され、居心地のいい場所になっている。
ボブさん「リビングのソファは、実は真っ赤なんですが、部屋になじむように布をかけて、壁のアートと合うように妻がクッションなどの色合わせもしてくれました」
ナナさん「あるものでなんとかする、行き当たりばったりでなんとかする、そんな感じだよね。」
手触りを感じられる空間には、住む人が映し出された確かな温もりがある。

リビングの小上がりスペースにも瓦をアクセントとした素敵な工夫が施されている。
風を感じて猫と暮らす、小さくて大きな幸せ

熱海の風を感じながら猫たちと穏やかに紡ぐボブさん、ナナさんの暮らし。ちいさな幸せを積み上げた日常は豊かで愛おしい。
幸せそうにくつろぐ猫たちを見つめるふたりの横顔がそう物語っているようだった。
そんなふたりがもし、NONDESIGNの家に住むとしたら、どんな家がしっくりくるのだろうか。
ナナさん「この家がいい!中庭で猫たちを遊ばせてあげられるし、中と外が一体になってるのもすごくいい」
熱海で暮らすようになって窓を開けるのが好きになったというナナさんが選んだのは、コの字型をした 「NONDESIGN FLAT」。
中庭を囲む間取りが、家の中にいながら外との繋がりを感じさせてくれる。


ボブさん「これ、いい間取りだ。うん。家のどこにいても家族を感じられるというか。外部空間が間取りの一部になっているというのがいいね。」
ナナさん「この家だったら、ずっと窓を開けっぱなしにして緑をたくさん置いて、外の風が感じられる暮らしがしたいな。」
ふたりの暮らしの真ん中にはいつも猫たちがいる。
猫たちとご機嫌に暮らす日々を繋いだ先にあるのはきっと、自分たちだけの “ 好き ” が詰まった誰にも真似できないオリジナルな暮らし。
ナナさん「飾らず自然体に、自分の “ 好き ” に正直に暮らしていく、それが目標かな。」



STAFF
[Text]
SAE HANE