こだわりのお店にお邪魔してお店づくりのこだわりをお聞きする「訪ねて紐解く、空間づくりのヒント帖」。
細部にまでこだわった空間には家づくりのヒントが隠されているかも。
今回は、豊川市で美容室とカフェ、ギャラリーを併設した空間「PEOPLES COFFEE PARK」を経営する松浦 豊さんにお話を伺った。2年前に移転した現在の店舗は広い敷地に美容室、ギャラリー、カフェを併設。そこには、松浦さん自身の内側から湧き出るカルチャーが、余白のある空間に広がっていた。
広い空間で表現する自分の “ 好き ”

愛知県豊川市にある隠れ家的サロン「ParK」 。工業地帯の真ん中にさりげなく佇む姿は景観に違和感なく馴染んでいる。
270坪という広い敷地に建つ3棟の店舗は、その広さに反して控えめな佇まいで、うっかりすると見落としてしまいそうなほど。
「周囲から浮く感じにはしたくなかったので外観はシンプルに、ガルバリウム鋼板で。お店なので集客を考えたら目立たなきゃいけないんですが、周囲に馴染みたかったというか。」
オーナーの松浦さんが独立して、最初に構えた店舗はわずか11坪の賃貸物件だった。
夫婦ふたりで切り盛りするには少々手狭な空間ながら、瞬く間に評判は広がりわずか3年ほどで新規客の受け入れをストップするまでに成長した。


当時から店内では松浦さんがチョイスした古着の委託販売を行ったり、家具やインテリアに関するイベントを展開するなど好きなものをとことん表現していたという。
「でも場所が小さいとできることが限られてしまう。なにかこう、もっと大きな場所で、もっとたくさんの人といろんなことができたら、というイメージが次第に湧いてくるようになったんです。」
2年前に移転した現在の店舗の敷地面積は270坪と200倍以上。しかし、初めて土地を見たとき、その広さに怯むどころかイメージは膨らむばかりだったという。
「ワクワクしたっていうのが大きいですね。うまくいくかいかないか、そんなことはやってみないと分からない。だったら楽しそうな方を選んだ方がどう転んでも後悔はしないかなって。」

当初から構想していたサロン併設のギャラリーに加え、独立前からお店に通ってくれている価値観や感覚を共有できるスタッフと共に敷地内にカフェもオープンすることに。
サロン、ギャラリー、カフェが連なる大きな店舗は松浦さんが “ 好き ” を表現するキャンバスのような場所でもある。

「このテーブルを置きたいがためにこの空間をつくったと言っても過言ではないんです」
松浦さんがそう話すのはフィンランドを代表する建築家、アルヴァ・アアルトが手掛けたヴィンテージテーブル。真っ白な空間に、すっと伸びた直線が美しく映え、圧倒的な存在感を放っている。
「購入当時国内に1つしか入ってきていないテーブルで、このテーブルに箔がありすぎるのでそれに負けないものをここに置いているって感じですね。」
指した先にあったのはドイツの Goldkant Leuchten 社製の照明。空間にぽっかりと浮かぶような柔らかな光が空間全体に上品なリズムを生み出している。

また、カフェとギャラリーを繋ぐ入口にはテーブルとシンクロするような細長い直線のスリットを設計。

サロンとの出入り口にはフランスの建築家シャルロット・ぺリアンがデザインしたグラスファイバー製のヴィンテージドアを設置した。
いずれも強い主張をせずに空間にビビッドなエッジを加え、ギャラリースペースに洗練された空気を送り込んでいる。
「ギャラリーは一番気に入っている場所です。カフェや美容室のような客席があるわけでもなく、ただ空間として使っている満足感があるのかもしれないですね。」
余白を残した空間から広がるインスピレーション

見上げるほどの高い天井が特徴のカフェ 「PEOPLES」は、海外の建築からインスピレーションを受けたという。
「アメリカが好きで何度か足を運んでいるんですが、向こうの建物はどれも天井がすごく高いんですよね。日本っぽさがないような造りにしたいと希望を伝えました。」
サロン、ギャラリー共に贅沢な空間づかいだが、さらに贅沢なのがカフェ。
「実はここ、階段がないのに2階があるんです。床もちゃんと仕上がっていて。」
天井高を活かして、カフェのキッチンスペースの上には使用目的のないスペースが準備されているというから驚きだ。
「ここの店舗デザインをお任せした「SPROOF」の白井さんという方がいらっしゃるんですが、白井さんが『松浦君のことだからなにかやりたくなるよ。余白をつくっておいた方がいい』と言われて。」
幅広い興味を惜しみなく表現してきたからこそ、松浦さんに近い人はまだまだ大きなキャンバスが必要だと感じていたのだろう。

また、開放的な印象とは対照的なひっそりとしたソファ席が、カフェの奥に用意されている。
どこか和のテイストを思わせるアートと、濃紺のソファが落ち着いた印象を与えている。
「抜けてる空間の中に、小部屋みたいなちょっとこもれるような空間がほしくて。僕は本来ポップなタイプではなくて、家で映画やアニメを観たり、音楽を聴いたり、そういうのが好きなんですね。もしかしたら暗い場所が好きなのかもしれない。」


造作で造ってもらったというソファには蒲郡の職人が染めた柔道着に使われる刺子生地を、またバーカウンターには三河地方で採掘される幡豆石(はずいし)を採用した。
カフェでは、地域に根付く素材を取り入れたい、という松浦さんのこだわりも叶えている。
自分のカルチャーを育てるということ

松浦さんに「家を建てる人にアドバイスをするなら?」と尋ねると意外な答えが返ってきた。
「アドバイスができないんですよね。」
建築、インテリア、家具に深い知識を持ち、実際に店舗という形にも落とし込んでいるのにいったいなぜなのだろう。
「こういうのがおしゃれだからって、おしゃれなものを持ってきても薄っぺらくなっちゃうんですよ。じゃあどうすればいいかとなると、自分がなにを好きなのかをきちんと把握するしかない、というか。結局その人の中にあるのものしか、表に出てこないと思うんです。」

松浦さんの店舗はまさに、松浦さんの “ 好き ” を表現した場所。空間、インテリア、家具、すべてに松浦さんが自身の中で育ててきたカルチャーが息づいている。
細部にまで “ 好き ” を散りばめた空間には感性に共鳴する人が自然と集まり、成熟した空間へと成長していく。
「あえて言うなら、自分の好きなものを置いたらいいよ、かな。なんだか突き放しているみたいになっちゃうなぁ。でもほんとにそうだから。」
アイデンティティを育む「無駄」という考え

270坪の敷地に、サロン、ギャラリー、カフェと3つの空間を繋げた松浦さんの店舗はどこをとっても贅沢な空間使いが印象的だ。
無駄を省いたミニマルなものが重宝される風潮が強まる中、どこか逆行しているようにも映る。
「僕はちょっとひねくれているので人と同じになりたくないところがあって。無駄をなくした先って効率的になって、みんな同じようなところに辿り着くような気がするんです。個性やアイデンティティって無駄なところから生まれてくると思うんですね。だから余白がある分だけ、自分らしさに繋がっていくのかなって感じています。」
余白を残した店舗にはまだまだ表現されていない松浦さんのインスピレーションが潜んでいる。
「常に完成しないことが大事だと思っていて、だから今もつくっている最中なんです。まだまだものも増えていくし、使い方も中身もきっと変わっていく。ずっと終わらないから後悔もないんですよ。」
変化を続けながら、どこにもない場所へ連れていってくれる、そんな空間が来る人を楽しませているのだろう。
3年後、5年後に店舗を訪れた際には、きっとまた新しい表情を見せてくれるはずだ。


STAFF
[Text]
SAE HANE