家を通して暮らしを楽しむ人の生活のアイデアや家づくりにまつわる情報を発信する家づくりnote。家とライフスタイルの関係性を探り、“好き”が詰まった住まい方を紹介します。
今回お話を伺ったのは「atelier MATA一級建築士事務所」を営む建築士の福島巧也さん。
コンパクトな平屋ながら、LDKは24畳と大きな空間。人が集まる場所をイメージした家にはたくさんの人が訪れる。
外とのつながりと包まれるような温もりを両立させた住まいが見せてくれたのは、確かな暮らしの手触りだった。
ストーリーが始まる瞬間

人里を離れて雑木林の奥にぽつんと現れる小さな一軒家。
広大な敷地にそっと佇む姿はどこか懐かしさを感じさせてくれる。
建築士の福島巧也さんがこの土地と出会ったのは、土地探しを始めてからわずか1週間後のこと。
舗装されていない農道を抜け、アプローチを少し登ると周囲を木々に囲まれた土地が広がっていた。
「なんだか物語が始まるような、そんな感覚があって、すごくいいな、と思いました。(購入は)迷わなかったですね。四季を感じられる桜や紅葉なんかも植わっていたりして、そこもいいな、と。」
天然の野芝が覆う庭は新緑の季節には鮮やかなグリーンの絨毯になるという。
訪れる季節によって、表情を変えるこの土地が福島さん夫妻の新しい暮らしのイメージをより立体的なものにしてくれた。
今を大事にしたリビングスペース

ところが、家の計画を進める中で、ひとつ予定外だったことが。
「当初、僕たち夫婦に子どもの予定はなかったんです。」
設計が概ね固まった時点で考えていたのは、夫婦ふたりで暮らす家。そのため、主寝室はわずか3畳。LDKと主寝室の他は福島さんの仕事部屋があるのみだ。


「着工する頃にはもう子どもが産まれていたんですが、なんとかなるやろ、と(笑)。敷地にゆとりがあったのもありますね。もしスペースが足りなくなったら外に仕事場を増築することもできますし。この先のことよりも『今』を大事にしたかった。」
家づくりで福島さんがもっともこだわったことのひとつが、広々としたLDK。
「いろんな人に来てもらって、ここがわいわいガヤガヤするような場所になったらいいなと思ったんです。それにここ(LDK)を広く確保しておけば、簡単に間仕切りすることもできますし。」

広々としたLDKは24畳。家全体の延床が24坪とコンパクトであるのに対し、LDKはたっぷりとしたスペースを確保している。
この空間を天井からカーテンで簡易に仕切って空間に変化をつけることもあるとか。
「妻がキッチンにいて、カーテンの向こう側で子どもが過ごす、みたいなこともあります。うすい布みたいなものなんですが、子どもは不思議と自由に振舞うようになりますね。」
布を一枚隔てることで、お互いの存在を感じる安心感と、目線を外れることで得られる安心感が両立する。
オープンなスペースは工夫次第でクローズドにすることもできるフレキシブルな空間だ。
「この先どうなるかわかんないことに対しては決めずにほったらかしにしたくて。ある程度のゆとりや余白は持たせつつ、大事なのは『今』かなって。」
眺める窓、としての機能
福島邸のシンボルとも言えるのが、家の南側、リビングスペースに設えた腰高の大きな窓。
ダイニングに面した掃き出し窓とは異なり、開閉ができない仕様のはめ殺し。換気の際は、窓の両サイドに設けた板戸を開けて空気を取り込む、ユニークなデザインだ。

「窓にも機能を持たせたかったんです。眺める窓と、開閉する窓。機能を分けるときれいですよね。」
小上がりにある腰高の窓は、福島さんが言うところの「眺める窓」。
家の南側に設えたこの窓からは、裏の雑木林の木漏れ日が差し込み、窓辺に様々な陰影をつくりだす。
はめ殺し窓にしたことで余計なものがないスッキリとした窓が実現し、景色をより楽しむことができる。これこそが、眺める窓としての機能だ。
また、窓の両サイドを板戸にするなど、窓の開口部をあえて減らしていることにも理由が。
「この両サイドの板戸をガラスにすることも、床までガラスにすることもできたんですが、あえて板にしました。外がこれだけ開放的な場所なので、家の中では守られている安心感みたいなものを得たいな、と。外への繋がりは持たせつつ、包まれている、そんな相反するものを両立したいと思ったんです。」

窓際のベンチに腰掛けて外を見上げると、ひさしの内側も板張りという細かい工夫が。
細部にまでこだわった窓辺は、もちろん家族がくつろぐお気に入りの場所。
職住一体を叶える、土間があるダイニング
設計段階では二階建ての家もプランに上がっていたというが、最終的に落ち着いたのは平屋。
「二階建てにするとどうしても分断されてしまうんです。職と住が。それが平屋だとグラデーションに使い方が変わってくる。時間によって働く場になったり、生活の場になったり。」
オンとオフを切り替えるのではなく、暮らしと仕事が混ざり合う、そんな空間を実現したかった。
家族のダイニングは仕事の打ち合わせに使うオフィスにもなるという。
「家の半分が土間なんですが、基本は仕事のお客さんが来る場所として考えていました。」
玄関ドアからキッチンまで長く土間が繋がっていることで、どこかパブリックな印象を与えている。
「フローリングだと、家にお邪魔するような感覚があると思うんですが、土間だと訪れる人も少し気が楽というか。」

ダイニングに面した大きな掃き出し窓の存在感も手伝って、外とのつながりを感じられ、開かれた場所のような印象に。
掃き出し窓は、サッシを用いず南側の窓同様に造作の木枠を使用した。温もりを感じながら生活感を排除し、洗練された空間に仕上がっている。
「土間は妻が料理をするときにも汚れを気にしなくてすんだり、子どもの食べこぼしも掃除がしやすいのでストレスなく食事が楽しめたりとか。暮らす方も気兼ねなく使えます。」

オフィシャルな印象と、生活の雑音を減らす気楽さを兼ね備えた土間が、福島さんの描いた職住一体のライフスタイルを見事に表現した。
外と中を繋ぐストーリー
「もともと、ここには昔牛舎が建っていたらしいんです。どんなふうに建っていたかは分からないんですが、小屋のような素材を使ったらいずれ馴染んでくるんじゃないかなと思ったりもして。」
福島さんが屋根の建材として選んだのは、工場や倉庫の屋根にも使われることがある建材のひとつである、ガルバリウム鋼板の波板。
さらに、屋根の形を切妻屋根にすることで、家の外観は小屋のような素朴な佇まいに仕上がった。

この土地にいつかあったかもしれない、見えない面影を追いかけてかたちにする。
初めて訪れたときに感じたストーリーを紐解くような、そんな工程も福島さんにとっては家づくりの一部だった。
自身の家づくりでも、施主の家づくりでも共通して大切にしているのはプロセスを楽しむこと。
ほかにも、キッチンの建材には庭に生えている栗からインスピレーションを受けて栗を、リビング壁面の塗料には冬の枯芝をイメージした柔らかなアイボリーを、ウォークインクローゼットの壁面には窓から見える杉の色をイメージしたグリーンの塗料をそれぞれ選んだ。
「野菜ひとつでもスーパーで何気なく買った野菜と、向かいのおじいさんから頂いた野菜では、違った価値がある。そんな、ストーリーをひと手間加えるような家づくりをしたいなと、思っています。」
福島さんのストーリーを大切にする家づくりで最も象徴的なのが、外壁だ。
真っ黒に覆われた外壁は、塗装やガルバリウム鋼板ではなく、三重県産の杉を使った焼杉。
杉板の表面を焼いて炭化させることで、耐久性が増し、腐食を防ぐ効果がある。

「僕の友人を呼んで一緒にこの敷地で焼いたんですよ。直火で。もちろん、焼杉を購入することもできますが、ここなら周囲を気にすることもないので、自分で焼けるんじゃないかと思って。」
楽しかった遊びの時間を振り返る子どものような笑顔で話してくれた。
「今でこそ、腐食しにくくする保護塗料や建材が売られていますが、焼くだけで建材を長持ちさせていた先人の知恵というか。そんなアナログな方法がこんな場所に合っているんじゃないかな、なんて。」
広い土地にひっそりと建つ小さな一軒家だが、凛とした頼もしい佇まいを感じさせてくれるのは古くからある土地へのリスペクトが細部にまで行き届いているからかもしれない。
足りないところがあっても愛せる家
物語をゆっくりと紡ぐように家づくりを進めた福島さん。
大切な「今」の手触りを楽しみながら暮らす毎日は、変化と発見に満ちている。

「五角形のグラフ(レーダーチャート)みたいなのあるじゃないですか、あれがきれいな五角形になる必要はないと僕は思っていて。むちゃくちゃいびつな、どこかひとつがとびぬけて愛せる、そんなポイントがあればいいなって思うんです。足りない部分があったとて愛せる。そんな家が作れたらいいですね。」
住み始めて3年が経つ自邸には今、様々な人やモノが訪れているという。
友人、クライアント、近所の農家さんの野菜。出会いを重ねるたびに風通しがよくなるような今の暮らしは、まさに、設計時に福島さんが描いた未来だ。
造作の木製建具を選んだことで感じる隙間風、少し手狭に感じられる3畳の寝室。「今」が充足していればそれらが雑音になることはない。
「ここから見える景色がとにかく大事とか、キッチンの素材や形とか、なんでもいいから家族それぞれの中に愛せるポイントがあるといいな、と思いますね。」

家はただの場所ではなく、共に日々を紡ぎ、共に老いていく、そんな家族に寄り添うかけがえのない存在なのかもしれない。
広がる未来に続く新しいストーリーはどんな色をしているだろう。
家が自分にとって愛すべき存在になる、そんな家づくりはきっと人生を豊かにする。
STAFF
[Text]
SAE HANE