こだわりのお店にお邪魔してお店づくりのこだわりをお聞きする「訪ねて紐解く、空間づくりのヒント帖」。
細部にまでこだわった空間には家づくりのヒントが隠されているかも。
今回お話を伺ったのは、岐阜県高山市でゲストハウス「cup of tea : guesthouse」とホテル「cup of tea : ensemble」を経営する中村匠郎さん。地域の自然素材をふんだんに取り入れた「cup of tea : ensemble」は2021年にウッドデザイン賞奨励賞を受賞した。
地域に溶け込みながら、新しい価値を提案する空間が地域に新しい風を吹き込んでいる。
地域に溶け込む空間
今も伝統を色濃く残す街並みが美しい岐阜県高山市。古くから工芸の町として知られてきた。
高山駅から徒歩10分ほど、古い街並みの中で景観に馴染みながらも異彩を放つ建物がある。
中村匠郎さんが営む ホテル、 cup of tea:ensemble だ。
撮影:西川公朗
温もりとインパクトが共存する外観には贅沢に県内産の杉を使用した。夜間には、外壁に不規則に開けられた穴から柔らかな光が零れ、高山の夜に灯りを添える。
ドアを開けると出迎えてくれるのは誰もが自由に使うことができる多目的スペース。食事をしたり、読書をしたり、利用者が思い思いの時間を過ごす。
「ワンフロアをのぺっとした空間にするのではなく、段差で緩く区切っているんです。実は、もともとこの建物が食品倉庫だったこともあって天井高がとても高いんです。」
高さを利用してスキップフロアを配置することで、空間を有効に活用することに成功した。また、利用者同士が程よい距離感を保つことができるというメリットも。
「緩く線引きされることで棲み分けができるというか。いろんなグループが混ざり合うのに適した空間になっているかもしれませんね。」
また、ホテルのロビーは宿泊客だけでなく、地域住民も気軽に利用できるという。
「ホテルって本来、観光客が入るところで、地元民が使う場所じゃない。でも、僕はそれがなんだかしっくりこなくて。イベントやワークショップに使ってもらったり、料理教室をしたり。サッカーのパブリックビューイングをしたこともありました。」
地域に開かれることで暮らしに溶け込み、さらに成熟した空間へと成長していくのかもしれない。
あるものをいかすということ
「この空間のコンセプトは『あるものをいかす』なんです。自分たちの身の回りにある、光が当たらないものに注目して、どういかそうか、という。杉の間伐材だったり、端材だったり、中古品だったり。」
ロビーに置かれた大きなテーブルの天板に使われているのは広葉樹の間伐材を利用したもの。
また、ダイニングチェアは一部、高山の老舗家具メーカー飛騨産業の名品、マッキンレーの中古品リペアのものを採用した。
その他にも端材を利用したコーヒーテーブルなど、地域の資源や伝統が随所に散りばめられている。
「ただ、そうやって、樹種や材がバラバラなものを一カ所にぎゅっと集めるとぐちゃぐちゃになる。それを塗装で解決したいね、ということで選んだのが古くから塗料としても使われている柿渋だったんです。」
岐阜県山県市の伊自良地区でしか栽培されないという、伊自良大実柿の柿渋を塗装に選び、それもまた、「あるものをいかす」の重要なピースのひとつになった。
「柿渋には抗菌や防水など腐食防止剤としての効果もありますが、あくまでそれは僕にとっては後付けのようなもので、樹種が違うものを集めた空間に統一感を持たせる塗装剤としての役割ですね。」
cup of tea:ensemble のアイデンティティ
cup of tea:ensemble の『あるものをいかす』というコンセプトには4つの軸がある。
前述した、広葉樹の間伐材、中古品のリペア、端材、そして、あとひとつが杉の間伐材だ。
この杉の間伐材こそが、cup of tea:ensemble のアイデンティティとも言える心臓部。
冒頭に記した組み木細工のような外壁のデザインは、各客室内部にも採用されている。
「ブロック8段でひとつの塊になるんですけど、これ実は一個ずつ手作業で組み合わせているんです。」
およそ200本もの杉の木を大小さまざまな小さなブロックに加工して、手作業で壁になるまで組んでいく。途方もない作業だ。
「今だったら絶対にできなかった。あの時だったからできたことなんですよ。」
話はオープンを控えた2020年にまで遡る。当時、世間を最も騒がせたのは未知のウイルスだった。
「先が見えない中で、借金はまあまあの額になってしまっていたし、もう手を動かすしかなくて。みんなで手を動かして何かに向き合っていくしかなかったんです。きっとまともなメンタルだったらやれていないと思います。あの状況下で、あのメンバーでなければできないことでしたね。」
あまりに巨大なアクシデントに押し流されて、杉の木ととことん向き合ったあの時間の先に辿り着いたのは、他を圧倒するデザインを纏った空間だった。
誰も予期しなかったあの時間がもう戻らないのと同じように、cup of tea:ensemble の杉材の壁も、おそらく誰にも再現することは叶わない。
過ぎた時間はいつか歴史になる。歴史に裏打ちされたデザインは人々の記憶に深く残り続ける。
北欧で過ごした豊かな時間をなぞるように描く空間
中学卒業後の留学を機に、10年以上海外で過ごしてきたという中村さん。中でも印象に残っているのは、その間たった半年だけ過ごしたデンマークでの暮らしだという。
「外は暗くて寒いのに、家の中には北欧家具の洒落たインテリアが整っていて、金曜の16時には家族が揃ってコーヒーを飲んでいる。なんだこれは?!と。」
隅々まで穏やかで豊かな空間が当時の中村さんに与えたインパクトは大きかった。
「どこの国で暮らしていてもそれまで、歩いているだけで『なんとなく幸福だ』と感じることはなかったんです。だけど、デンマークで感じた幸福なあの気持ちをいまだに言語化できずにいるんです。」
1号店 cup of tea : guesthouse
1号店 cup of tea : guesthouse 、2号店のcup of tea:ensemble に共通する、シンプルながら温もりのある空間は、北欧で過ごした豊かな時間が投影されているかのようだ。
「確かにそれはあるかもしれない。やはりどうしても北欧をひいき目に見ているところはあって、色のトーンなんかは意識している部分がありますね。」
cup of tea:ensemble の白い壁はわずかに色味を含んだ白。
明るさの中に柔らかさと温もりがあり、北欧インテリアでもよく使われる色だ。
冬が長く、家具や工芸に所縁のある高山は、どこか北欧とシンクロするようにも感じられる。
空間が町の未来をつくっていく
「僕はもっと高山は木の町としてブランディングをするべきだと考えているんです。」
東京都に匹敵するほどの広さを持ちながら、その92%が山林だという高山市。豊かな自然に恵まれた、広くて小さな町の持つ可能性について、中村さんは考えずにはいられない。
高山市は古くから家具と工芸の町として知られているが、マテリアルが注目されることがあっても、その資源に目を向けられることは少ない。
cup of tea:ensemble は高山が持つ豊かな資源を再認識する場所になってほしいと中村さんは考える。
「あるものをいかす」は cup of tea:ensemble のコンセプトであり、中村さんが見つめる高山市の21世紀の姿でもある。
「21世紀は人口減少とサステナビリティが大きな課題になると思っているんです。僕なりに考える21世紀の町をつくりたい。それを探して辿り着いた最初の一手が実は宿作りだったんです。」
空間は開かれることで町のひとつの機能になる。
cup of tea:ensemble で過ごす、心地よく、豊かな時間は「新しい価値」を町全体に問い続ける。
「これからも地域の人にもたくさん利用してもらって、高山って木の町なんだなって改めて実感してもらえると嬉しいですね。」
木材をふんだんに取り入れたロビーに心地よい木の香りが満ちている。

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